Overwriting the story of Cain and Abel

誰もそこにはいなくて、ただ意識だけが漂っているようだった。 僕らは、遠くに山をのぞむ、だだっ広い草原にいた。

風が背の高い草をさやさやと鳴らし駈けていく。小さく、人間の頭が見えた。意識を凝らすと、カメラがズームインするみたいにその場所を大写しにした。男が立ってる。変な、茶色の布切れだけを身にまとって、裸足だ。その足元に、もうひとり誰かがいる。そっちのほうは、なぜかうつぶせになって、裸で倒れてる。


「ねねね、カインとアベル兄弟のこと知ってる?楽園を追放されたアダムとイブの息子たち。聖書に倣えば私たちの祖先ってことみたい。

カインが兄で、アベルが弟。兄貴は土いじりが好きで野菜や花やキノコを育てた。そのために、製鉄をはじめて鎌や鋤を作ったくらいだ。弟は、昔ながらの羊飼い。

 あるとき二人は神様に、供物を求められた、らしい。

カインは野菜や花、地の産物を捧げた。アベルは赤ん坊の子羊、それに食い頃の肥えた羊二頭捧げた。

でもなぜか、神が喜んだのはアベルの供え物だけだった――ように思えた、少なくともカインには。カインは無視されたって思ったんだ。
 

カインはショックを受けた。神様の前なのに思わず下をむいてしまったくらいだ。そしたら神様は「正しいことをしているなら顔を上げよ」みたいなことをカインに言ったんだ。いや、本当なら神様こそがさ、カインの供え物にも喜んでみせれば良かったんだけど……よく分かんないけど神様だから、たぶん嘘をつけないんだろう、素直だから。まあね、カインも被害妄想気味だったかも。

 なんせ大昔の話だから、確かめようがない」
 

とにかく、カインは妬み、そねみ、キレた。
それが昼だったのか夜だったのか。

 カインはアベルを草原へと誘ったとき、彼の手を引いていたのか、どうか。喉へ掛けられた指によって行なわれたのか、作物を刈り取る鎌で行われたのか、アベルが神への供物を屠るときに使った、あの鋭い石が使われたのか。

  知らない。
 

風が吹いていた。アベルの耳には轟々と響く風の音が聞こえていたけれど、カインは何も聞いていなかった。アベルの脳が信号を停止し、その身体が地に崩れ落ちたとき、初めてカインは鼓膜が風の音に振動していたことに気付いた。

  愛する者を供物として捧げ、何億年後悔したって自分を許せそうもないような、超スーパーハードモードの罪悪感を背負い、私たちに教訓を教え続けているとか?

だって考えてもみてよ、テレビや新聞やネットやあらゆる方向から、殺人なんてよくある話のひとつになってしまった今とはわけが違うんだ。きっと二人は、自分たちの他は誰も知り合いなんかいなかったんじゃないかな、神以外は。

「誰もいない」って思っただろうね、カインは。「自分の他には誰もいない」って。

神はいまや、見守る存在から彼を監視する存在、彼の罪を唯一知る存在となった。妬みによってカインは神を、彼らの守護者を失った。

本当は、カインはアベルも神も両方好きだったはずだ。だから、自分だけ無視されたと思って嫉妬したのは、独りになるのが怖かったからでしょ?

知らないけど。

  だって、どんな物語だってでっち上げ可能。それじゃ今から、物語を書き換えてみよう。

まず、相手が「神」だし昔の人だから仕方ないけど、カインって神に依存しすぎ。なぜ、そんなに簡単に自分の中心を外部に預けて平気なの?自分の価値は自分で決めなきゃ。それに感謝のしるしとして供物を捧げるのは良いけどさ、「アベルの方が喜ばれた」って思うなら、その根拠の検証が欲しいよね。野菜を見る目が肉ほど嬉しそうじゃなかった?実際に、肉のほうが良いと神が言ったのか?

いずれにせよ、本当に神様が事実として肉のほうが好きなら、それはそれとして考慮するべきじゃないか。ギフトなんだからさ。

それにもしかしたらさ、アベルは神に大事な羊を捧げようとして、神に止められていたかもしれないよね。息子のイサクを捧げようとして、寸前で止められたアブラハムみたいにさ。

本当に、カインはアベルがどうやって生け贄を捧げようとしていたか、見てたのかな?

見ていたのなら、次から真似すればよかったのに。見ていないのに、「神は俺には何も言わなかったのに、アベルには何か言ってた」と思ったなら、実際に何て言われたのか、確かめれば良かったのに。参考になるんだから。

 
そして実際問題として、自分は植物を育てている。つまり植物がどれだけ素晴らしいか、よく分かってるはずでしょ?無視されたなら、「間違ってない」って意味だったのかも。無言の承認ということもある。第一、神の承認なんていらないよ。私たちはそのおかげで、今日もごはんが食べられる。それに食事だって、肉ばかりじゃバランス悪い。いくらプロテインが大切だとしても、野菜を食べるのは大切だ。

  さあ、そこで考えるべきことは、問題解決法。

 神やアベルを恨むのは、全くもってお門違い。もし肉の方が好きだったとしても、「もうカインの供物はいらない」と言われたわけじゃないってことは、神様だって植物の大切さはしっかり理解してるってことにならない、かな?

好きじゃないけど、食べなきゃね、って子供みたいに。

だから、神さまの野菜嫌いが緩和されるような、サプライズの供物を渡すのはどうかな?
憎むなんて、本当に無駄なマイナスだ。これは明らかに競争ではないし、もし競争だとしても、ライバルとは友達でいた方が、最終的には自分にとって得なんだ。

だって、仲が良ければ素晴らしいブレインストーミング相手がいるってことだよ。しかも兄弟なんて、一番身近な相手。相談するのが悔しいとか恥ずかしいって思うのは、問題の解決よりも、別の意図が優先されてるときだ。つまり、「神様により喜んでもらうこと」よりも、「自分が独りになるのが怖い」を、重要に思っている状態。

その状態は、より自分を孤立に追い込むだけだ。そして、孤立によって始まるのが妄想。あいつはこう思ってる?あんな風に?って。相手の話をよく聞くこともなく、頭の中で勝手に創り上げてしまう。錯乱して悪夢の世界に入り込んで、眠ってしまうんだ。

  第一、相手の気持ちを知るには相手に聞く以外の方法なんて、ないんだから。

そのためには、自分が何を聞きたいのかを知る必要がある。質問すべき内容を知ることだ。つまり、本当に自分がどうしたいかを冷静に考えるの。もちろん、醒めた頭でね。

 
だからカインは、まずその夜にアベルの寝室のドアを叩くんだ。
「よおアベル、ちょっと話したいんだけど」

 
 アベルはベッドに腰掛けて、兄貴はデスク前の椅子に座る。昔だから全部木製、椅子の座り心地も良くない。ちょっと緊張してお尻を浮かせながら、カインはアベルに打ち明ける。

「あのさ、なんか神様って、私のギフト喜んでくれなかったみたいに思えたんだ。パラノイアかもだけど」

アベルは一瞬だけ、少し困ったような顔をした。それからいつもの笑顔。

「そうかな・・・?」

「まあ、それがパラノイアだとしてもさ、私は自分の供物をもっとレベルアップしたいんだよ」

油断すると、すぐに部屋に漂ってしまいそうになる自分の不安感を吹き飛ばすイメージで、カインはスマイルした。

「あのさ、色々相談してもいい?アベルの供物は、凄く喜ばれてた。凄いと思うよ!私も、もっと喜んでもらえる贈り物をしたいんだ」

それからカインは、アベルの羊の飼料についての話しを始める。カインの畑に生えている植物で、栄養になりそうな植物についての話。ラムズレタスとかね!そうするとアベルは身を乗り出して、話を聞きはじめた。

 カインの持ってきた話が、自分にとっても有益だったからだ。

助けてもらうことは、助けること。

自分が助けてもらう時、相手の手助けもしよう。もしその時に出来なくても、いつか必ず相手が助けを求めたら、絶対に助けようと心に誓えばいいだけ。それに、自分が想像もつかない形で、相手もまた同時に助けられているなんて良くあることだ。

それに脳は、報酬を得たと感じないと疲労だけが溜まるんだって。能率だって悪くなる。私と組めば、君にもベネフィットがある!と分かってもらえばいい。そして何より一番重要なのが、私といるだけで心地いい、と感じさせること。

カインと過ごす時間がアベルにとって快適となれば、アベルは楽しくて、何時間でもカインとお喋りするはずだ。

 どうするかって?

ただ、感じ良くするだけだよ。誠実に対応するって決めるだけ。自分の気持ちを知っておく。

それで、つねに自分にとってストレスの少ない、ベストな道が拓けるよ。悲しんだり怒ったり妬んだりなんて、ストレスフルな生き方すぎない?大勢と、無理せず仲良くやってると、自分のやりたいことにだって集中しやすいし、応援してもらえる。

それと、楽観的でありつつも、なるべく現実的でいるのも大切だ。

想像力という思いやりを忘れないことも。

そして、いつもそうした自分であろうと意識すること。その方が合理的で、結局は生命としての自己保存に役立つんだから。

心の中で、「なぜ自分は世界の中心ではないのだ?」って声が響くかもしれない。でも根気よく、なだめよう。「分かったからさ、キャンディーでも食べなよ」って言って、自分にハンカチを渡そう。

「誰も独りじゃ生きていけないし、編み目状のネットワークの中には孤独なんてないんだ

神様が、自称嫉妬深い神だとしても、同じように私たちが嫉妬深くいないといけない理由はない。真似する必要はないんだ。嫉妬深さを克服するためのツールは、ちゃんと私たちにインストールされてる。

それが知性プラス想像力=祈りの力。


「本当は、なにも当たり前じゃない。日常の恒常性の裏側を見れば、可能性のカオスの中にこそ自分達が存在しているのだ、ということに気付く。無限の「可能性」が織りなす糸が重なり合って、「いま/瞬間」が存在している。その完璧さを理解するだけ。そして、知ることは始まりの奇蹟だ。

二つが重なりあい、いつか一つに融け合うブラックホールを見て、どう思う?

あれは共食いしている?

ダンスしている?

それとも、愛し合っている?どう思う?」


「え、でも神様は自分が一番って言うじゃない。この世は順序と競争が基盤にあって、そこからは誰も、逃げられないんでしょ」

「まあ神様だってさ、きっと色々あるんだよ。私は神様じゃないから本音は分かんないな

「なんだそれ」

「つまりさ、そうやって生きるのは、自分にとってサイコーに気持ちがいいって知ればいいんだ。気持ちが良い、つまり脳への報酬を感じてるってこと。他と共存するのは快感と利益を生み出すからだ。自己犠牲じゃない。むしろ、自己犠牲は何も生み出さない。自分と他人は違うんだから、勝手に相手の気持ちを分かったつもりになって色々やる方が、よっぽど傲慢じゃない?」

「それで、カインとアベルはどうしたの」

 「カインたちはタッグを組んで、より良い羊の飼育に励んだ。色々試行錯誤するうち、偶然にも、スパイスの利いた超美味しいレシピを開発してしまった。だから料理を供物として捧げたんだ。そしたら神様ったら最高にハッピーになって、こう言ったーーすごく嬉しいけど、私は神で想像上の存在だから食べないよ。だから、どうぞお二人で。

カインとアベル、二人ともテーブルについて、美味しい料理を心ゆくまであじわったーーなによりも、おかげでカインの名は《弟殺し》どころか、エスコフィエやブリア・サヴァランなんて目じゃない《美食家の神》として、後世に知られることとなった。得意の製鉄技術を駆使して、フライパンや色んな日用品を作ってくれて、みんなの暮らしを便利で楽しく彩ってくれた」

「それハッピー・エンドじゃん」

「もちろん。ハッピー・エンド以外好きじゃいもの」

「でもさ、聖書の通りだったらどうなんだよ?カインは妬んで、アベルを殺したんだったら?」

「大丈夫だよ、アベルは死んでないから」

「どういうこと?」

「さっき言ったけど、カインは嫉妬して錯乱し、悪夢の世界に入り込んだんだ——実際のところ、カインは泣き疲れて眠ってしまっていた。だから、神もアベルもずっとカインの傍にいたんだ。早く自分で起きないかなあ、って思いながら、カインの目覚めを待っていた」

「じゃあ、ずっと長い間カインは悪夢を見続けているってこと?」

「そう」

「そんなのって、可哀想じゃない?」

「うん、だからね、そろそろアベルと神さまはカインを起こそうと思っているんだ」

「そうか、よかった」

「アベルが苦しそうな顔で眠るカインの肩を揺さぶってねーー言うんだ、起きてよ兄貴!って」

「それじゃあ、目覚めて一番始めに目に飛び込むのが、自分が夢の中で殺したはずのアベルだったらさ」

「ね。カインはいったい、どんな顔をするんだろう?」

「そうだなあ」

「きっと初めはパニックするだろうけど——そのうち全部思い出すよ。ずっと悪い夢を見てたんだ、もう二度とあんな恐ろしい夢見るのはゴメンだ、ってね」

(ABRAHADABRA!)


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